英語でも同じで、20世紀に入るまでは「loons」「lunatics」「imbeciles」など「狂った人」の意味の言葉が用いられ、その後は患者や入院者の「patients」「inmates」、そして70年代移行「ex-patients」「survivors」「consumers」、2000年以降では「peers」などなど、です。今お手伝いしている論文では「individuals with mental health difficulties(精神健康に困難を抱える人たち)」という表記です。
Killing in the name of
Some of those that run forces are the same that burn crosses
And now you do what they told ya
Those who died are justified, for wearing the badge, they're the chosen whites
Fuck you, I won't do what you tell me
ここによると、「burn crosses」の「はりつけ台を燃やす」人たちというのはKKK、「the badge」は警察官のバッジだそうです。国家権力による差別・暴力への怒りの曲なんですね。大義名分のもとに(in the name of)に行われている殺人、殺人は殺人じゃんよ、という。
マイケル・ジャクソンとの最初の出会いは、たぶん小学生の頃のテレビで、「BAD(1987年)」のころ。「かっこいい」と思った記憶はあって、数年後の「Black Or White(1991年)」はレンタルビデオ屋さんでCD借りて聞いた記憶があります。
で、2回目の出会いは高校に入ってからで、Hiphop を聞くようになって、その元ネタとして Jackson 5 の曲に出会った時。大人のマイケルしか知らなかったので、子どもの頃のマイケルを見て「このマイケル・ジャクソンは、あのマイケル・ジャクソン!?」と驚いた記憶があります。で、この頃はまさに中二病まっただ中なので、売れてる時点でかっこ悪い、商業的に成功してるだけで信用できない、くらいに思ってて、マイケル・ジャクソンもそんなに興味がなかったわけですが、「I want you back(1969年)」とか好きで、売れてても良いものは良いんだ、ということを知った曲です。
その死によってはっきりしたと私は考えるが、もしイエススという歴史上に存在したある人物を「救世主」と呼ぶのであれば、マイケルは「救世主気取り」だったのではなく、それは社会的現象としての「救世主」そのものなのである。グラミー賞のビデオに見えるように、彼は Michael, I love you! とファンに呼びかけられると微笑んでしまい、I love you, too!と投げキスを返す。これはファンサービスなどというものではなく、本当にそうしてしまうのである。これは阿弥陀仏が自らの名を呼ぶ者を誰でも救うのと同じ構造を持っている。Michael, I love you! とその名を呼ぶ者をマイケルは、必ず救い上げて、Neverland に迎え入れてくれるのである。そのように信じて、何の問題があろうか。
I'm Starting With The Man In The Mirror
I'm Asking Him To Change His Ways
And No Message Could Have Been Any Clearer
If You Wanna Make The World A Better Place
Take A Look At Yourself, And Then Make A Change