わたげとてこな

一泊二日で仙台の「わたげ」に行ってきました。

ひきこもりたい気持ちには共感できるし、一度ひきこもってしまうと外に出にくい気持ちや状況も理解できます。ひきこもるきっかけや理由は人それぞれですが、多くの若者がひきこもりたいと思うこの社会の居心地の悪さって何なのか、帰り道にぼんやり考えていました。

ひきこもり支援のゴールもやはり人それぞれですが、復学、就職、結婚、といったことがゴールになることが多いようです。どれも一人でできることではなく、人に選ばれる必要があることで、頑張るだけではどうにもならない難しいことばかりです。学校も仕事も結婚も、別になくても死にはしないし、っていうか、死にはしないからひきこもれるわけですが、なぜかこうした人に選ばれる必要のあることがゴールに掲げられるように思います。逆に、人が人を選ぶということの残酷さや下品さが、このひきこもりたくなる居心地の悪さに関係しているようにも思えます。

人が人を選ぶということは、受験、就職、結婚といった大きな出来事だけでなく、飲み会に誰を誘うか、とか、体育の授業での「好きな人とペアを組んでください」など、日常的に行われていることです。選び抜かれた人だけが就くべき仕事はいろいろあるだろうし、結婚の相手は他人に決められるよりは自分で決められる方がいいとは思います。学校も仕事も結婚相手も自分で選べなかった時代の方が良かったとは思いません。人が人を選ぶこと自体は悪いことではないように思います。でもただ、人が人を選ぶ行為に潜む残酷さや下品さにはもっと自覚的にならないといけないように思います。

などと考えていたら、手児奈(てこな)の話を思い出しました。手児奈は、国府台の山の下に住んでいたとされる伝説の女性です。市川市のサイトにそのお話が載っていますが、要約すると、とても美しい手児奈はたくさんの男性から結婚を求められるが、選びかねて断り続け、そうこうするうち、手児奈を思うあまり病気になる者や争いを起こす者が現れ、思い悩んだ手児奈は海を身を投げてしまう、というお話です。初めてこの話を知ったときには、死ぬことはないのに...、とも思いましたが、人が人を選ぶってそれくらい重いことなんだと思うようになりました。

と、このあたりで東京に着きました。
仙台では多くの方にいろいろお世話になりました。ありがとうございます。
突然呼び出された方々には多大なご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。

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