希望の光

060812

雨が降る土曜の朝、曜日など関係のない身分になったことの解放感と不安感の間で、水たまりに波紋を広げる雨粒を見るでもなく見ながら、雨音を聞くでもなく聞きながら、ベランダで煙草を吸っていた。ここから見る風景があと数日で見納めになることを意識しないように注意しながら。朝食後にベランダでコーヒーを飲みながら煙草を吸うことが習慣になったのはいつからだろうか、そのようなことをぼんやりと考えながら、放屁した。いつもと違った。意識を集中した。事態の把握に努めた。理解した。困惑した。絶望した。

というわけで、書くべきか書かざるべきか、小一時間ほど悩んだが、寺山修司の言葉、
自分を不幸だと思う人間は、その不幸を表現すべきだ。

が脳裏をよぎり書くことを決意した。

このようなことが笑ってすまされなくなる年齢になってから三度目の事故である。失禁は尿失禁と便失禁に二大別されるが、二度は前者、今回は後者である。下着を洗う手に流れ落ちる水道水の感覚は、あらゆる不安や苦悩、誇りや自信、喜びも悲しみも、返信すべき未読メールや To Doリスト、おしゃれな音楽や新しい鞄、全てが色褪せて見える圧倒的なリアリティでもって僕の心を虚無感で満たしていく。爽快である。

先日、一緒に仕事をした先生とのメールのやり取りの中で、
30代は楽しいと思います。(少なくとも、20代ほどいろんなことで悩まなくてすみます。いい意味で、ま、いっか、という態度が自然と身に付くといいますか...。)

という言葉があった。このような事態を想定しての言葉であるとは考えにくく、ま、いっかと言ってしまうことに躊躇してしまうのは、まだ20代の青さが抜けきっていないということであろうか。今の僕の心を爽やかに満たす虚無感には、これから始まる30代の楽しさを予感せざるを得ず、日常的に失禁する者が二人いる我が家の洗濯物の多くを占める小さな下着の中に、しれっと混じって干される大人サイズに下着に希望の光を見出す雨上がりの土曜の昼下がり。

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