2016/09/29

「させていただく」について



先日、メールに「○○させていただきます。」と書こうとして、ふと、違和感を感じた。この言い回し、話し言葉でよく使っているけど、書き言葉ではあまり見ないような気がする。これは間違ってるのかな、方言なのかな、と思ってググってみたらNHKのサイトに「視点・論点「させていただきます症候群」」というページがあった。
「させていただきます」は、明治の文学作品にも確認される言葉です。しかし、現在、この「させていただきます」については、批判的な意見もあります。紋切型だ、慇懃無礼だ、卑屈だ、許可した覚えはない、などです。さらに、使いすぎる人を「させていただきます症候群」と呼ぶ人もいます。「させていただます」のどこが批判されているのでしょうか。
というわけで、5つの類型に分けてその違和感が説明されている。要約すると、
  1. すっきり話そうよ
    「させていただく」は「いたします」で代用可能。  
  2. 誰を立てているの?
    「させていただく」は「させてくれる人」を立てる敬語なので、「課長をさせていただいています」と言ってしまうと社外の人に対して身内の上司を立ててしまう。 
  3. だれに許可をもらったの?
    「させていただく」は、だれかの許可を得て行動していることを示唆する言い回しだけど、誰に許可をもらっているのか不明。「努力させていただきました」って、自分で勝手に努力してるんじゃないか。   
  4. 自分勝手すぎるよ
    相手に迷惑をかける行為と「させていただきます」という言葉は合わない。「突然ですが、今日でバイトを辞めさせていただきます」は、一見したところ丁寧な言い回しに見えて、一方的に通告している。   
  5. 「さ」はいらないよ
    「休まさせていただきます」は「休ませていただきます」でよくて、不要な「さ」が入った「さ入れ言葉」とも呼ばれている。
うんうん、確かにそうかも~、とやや腑に落ちないまま納得してしまって、そのメールでは「させていただく」を使うのをやめたのだけど、後日、司馬遼太郎の「街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩」を読んでいたら「させていただく」に関する一説があった。
近江を語る場合、
「近江門徒」
 という精神的な土壌をはずして論ずることはできない。門徒寺の数も多く、どの村も、真宗寺院特有の大屋根を聖堂のようにかこんで、家々の配置をきめている。この地では、むかしから五十戸ぐらいの門徒でりっぱな寺を維持してきたが、寺の作法と、講でのつきあい、さらには真宗の絶対他力の教義が、近江人のことばづかいや物腰を丁寧にしてきた。
 日本語には、させて頂きます、というふしぎな語法がある。
 この語法は上方から出た。ちかごろは東京弁にも入りこんで、標準語を混乱(?)させている。「それでは帰らせて頂きます」。「あすとりに来させて頂きます」。「そういうわけで、御社に受験させて頂きました」。「はい、おかげ様で、元気に暮させて頂いております」。
 この語法は、浄土真宗(真宗・門徒・本願寺)の教義上から出たもので、他宗には、思想としても、言いまわしとしても無い。真宗においては、すべて阿弥陀如来――他力――によって生かしていただいている。三度の食事も、阿弥陀如来のお蔭でおいしくいただき、家族もろとも息災に過ごさせていただき、ときにはお寺で本山からの説教師の説教を聞かせていただき、途中、用があって帰らせていただき、夜は九時に寝かせていただく。この語法は、絶対他力を想定してしか成立しない。それによって「お蔭」が成立し、「お蔭」という観念があればこそ、「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などと言う。相手の銭で乗ったわけではない。自分の足と銭で地下鉄に乗ったのに、「頂きました」などというのは、他力への信仰が存在するためである。もっともいまは語法だけになっている。
 かつての近江商人のおもしろさは、かれらが同時に近江門徒であったことである。京・大坂や江戸へ出て商いをする場合も、得意先の玄関先でつい門徒語法が出た。
「かしこまりました。それではあすの三時に届けさせて頂きます」
 というふうに。この語法は、とくに昭和になってから東京に滲透したように思える。明治文学における東京での舞台の会話には、こういう語法は一例もなさそうである。
腑に落ちた。この背景を踏まえれば、NKHのサイトの解説に出てくる5つの違和感がどれも的外れに思える。

自分が生きてるんじゃない、生かされているんだ、という思想が背景にあるので、「(他力に)させていただく」は「(自力で)いたします」で代用できるものでは全然なくて、「すっきり話そうよ」と言われても、自分も社会も人生もそんなにすっきりしたものではない。

「誰を立てているの?だれに許可をもらったの?」阿弥陀如来だ。「阿弥陀如来」は「はかり知れない大きな真実」のような意味かと思うけど(そう言い換えてしまうとちょっと軽薄な感じがしてしまうけど)、少なくともここでは、相手や上司を立てているのではなく、全く次元の違う方向に向かった敬意が込められているわけで、確かに、何も知らないと違和感があるかもしれない。

「自分勝手すぎる」まぁ、確かに「やめさせていただく」って、一方的な通告だし、相手への敬意が感じられないかもしれないのだけど、実際に上方の人が「やめさせていただく」なんて台詞を使う時は、相手への敬意なんて込めていない場合が多いのではないだろうか。漫才のオチの決まり文句に「やめさせてもらうわ!」っていうのがあるけど、あれは「こんなアホらしいことやってられるか、もうおしまいや!」くらいの意味なわけで、「やめさせていただく」なんて言葉を吐かれる側にもそれなりの理由があるのかもしれない。 

そして、不要な「さ」が入った「さ入れ言葉」。「休まさせていただく」は、自分が休むんじゃなくて、上司が私を休ませる、さらに、その上司の行動の原因は他力であるので、他力が上司に私を休ませる、という意味で、使役動詞「す」の未然形の「さ」が入った二重使役なんだろう。

というわけで、

  • 紋切型だ → たしかに形骸化してる
  • 慇懃無礼だ → 敬意の方向にそもそも誤解がある
  • 卑屈だ → 他人に対して卑屈なのではなく他力に対して謙虚
  • 許可した覚えはない → あなたに許可を求めた覚えはない

ああ、すっきりした。

NHKのサイトのせいで、あやうくこの味わい深い言い回しを放棄してしまうところだった。これからは「させていただく」を積極的に活用させていただきます。

2016/09/14

外注について



「ウェブサイトの企画、デザイン、コンテンツ制作、検証、すべてワンストップで丸投げ(全部まとめて請け負いますよ)!」という広告を見かけた。コンテンツを作るところまで外注してしまったら何が残るのだろうか、と考えこんでしまった。

ウェブサイトを家にたとえれば、土地の取得から設計、施工、庭の手入れも、子育ても介護も近所付き合いもホームパーティも、全部丸ごと請け負います、みたいなものじゃないのか。それは誰の家だ。

で。外注(アウトソーシング)って、僕の会社でもしたりされたり、わりと重要なテーマなので、ちょっと考えてみたい。

たとえば掃除って外注されがちな仕事で、大きな建物とか組織では専門の業者さんが入ってることが多くて、個人のお家でも外注してる人がいたりするし、ルンバみたいなロボットを導入してる人もいる。そういうのって、つい「もったいない」と思ってしまう。掃除に高いお金を払うこととか高価なロボットを買うことがもったいないのではなくて(それもあるけど)、掃除の気持ち良さを捨ててしまってることがもったいない。

掃除の気持ち良さって、掃除直後のきれいな片付いた状態で時間を過ごす気持ち良さもあるけど、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、掃除そのものの気持ち良さがあって、たとえば雑巾がけだと、自分の手が通った前と後で床がきれいに変化するわけだけど、これって、大げさな言い方をすれば、自分の手が世界を美しくする経験なわけで、こんなに簡単に確実に自分の手が世界を美しくできることって、そうそうない。きれいな物を作るのって手間暇のかかる大変な作業だけど、雑巾がけはとても簡単で確実だ。これを他人やロボットにやらせるなんてもったいない。というか、そもそも、掃除なんてしなくても、ちょっとやそっと汚れてても死ぬわけでもなし、面倒なら放っておけばいいのに。

掃除みたいな下らないことしてる暇があったらその時間を他のことに使う、ってことなんだろうけど、まぁ、きっとみんな立派な時間の使い方をしてるのだろう。それなら仕方ない。

外注といえば「餅は餅屋」っていう言葉を思い出す。確かに、専門家に外注するほうが速くて安くて高品質で効率的なのだけど、年末の餅つき大会を前にして、「スーパーで買えばよくない?」「てか、餅いらなくない?太るし。」って言ってしまうと、きっと悲しい顔をする人が出てくる。餅つき大会で求められているのは、安価で高品質な餅ではなくて親睦だから。

そういえば、東京に住んでた時、近所でお祭りがあってお神輿が出てて、「東京にもちゃんとこういう地域のコミュニティ残ってるんですねぇ。」って言ったら地元の人が「いや、お神輿かつぐ業者さんがあるんですよ。」って言われてとても驚いたことを思い出した。お神輿なんて外注して何が楽しいのか分からないのだけど、担ぐの(地域のお付き合い)は面倒だけど雰囲気は楽しみたい、っていうこともあり得るのかな。あるかも。

つまりは、面倒なこと、単調なこと、汚いこと、ややこしいこと、難しいこと、疲れること、こういうものは外注したい。で、それで得られるおいしい部分を効率的にいただきたい。それが外注なのだと思うけど、そもそも生きるって面倒で単調で汚くてややこしくて難しくて疲れるものなので、効率的になって時間を余らせたところで、結局辛いんじゃないか、という気がして仕方ない。ま、その余暇の時間をつぶす作業の面倒なところも外注すればいいのか。で、実際にそういう商売がたくさんあるのか。

人生丸ごと外注できたら楽かもしれない。けど、それってどんな状態だ。面倒なことは何もしなくてよくて好きなことだけしてればいい、なんてことになったら...、掃除とかしてそう...。

2016/08/25

37



37歳だ。ここ数年、誕生日に生命表を見るのが恒例になっていて、今年も見てみた。

日本の37歳の男性の平均余命は44.69年で、38歳までに0.08%が死ぬそうだ。45年は予定を立てるには長すぎるし、0.1%弱は気にするには小さすぎるので、結局「へぇ」と思うだけで終わるのだけど。

とりあえず、コツコツまじめに生きてるといいんだろうなぁ、と思う。

2016/08/12

深い河とヒンドゥー



ほとんど毎日琵琶湖で沐浴してふやけっぱなしだ。

さて、インドで見かけたオレンジ色の服を来てガンジス川に「お水取り」に行く人たちのお祭りの名前を後日ガイドさんがLINEで教えてくれた。「そのまつりのなまえは shivratri というまつりです。」とのこと。シヴァラートリーでした。とても大規模に見えたので、てっきり年に一度あるいは数年に一度のお祭りだろうと思い込んでいて、Wikipediaを見ても、どうも違うなぁ...、と思ってたのだけど、月に一度のシヴァラートリーだったそうだ。あれが毎月行われているなんて...。ヒンドゥー、すごい。

で、インドの旅のお供にと思って遠藤周作の「深い河」と森本達雄の「ヒンドゥー教 ― インドの聖と俗」をKindleに入れていったのだけど、結局全然読まずに帰ってきてしまったので帰国後に読んだ。


「深い河」は、1993年に発表された小説で、インディラ・ガンディーが暗殺された1984年10月~11月にかけて実施された日本からのインドツアーが舞台。小説中のツアーの内容が、デリー、ヴァラナシ、アグラで、今回の旅行で辿ったコースと全く同じ、とっても面白く読めた。 

5人の主人公のあらましがWikipediaに書かれてるのだけど、それをさらに大雑把にまとめると、 

磯辺
妻を癌で亡くし空虚感の中で暮らす初老の男性。妻が臨終の間際うわ言で言い残した「自分は必ず輪廻転生し、この世界のどこかに生まれ変わる、必ず自分を見つけてほしい」という言葉が、下らないと思いつつも気になって仕方ない。そんな折、日本人の生まれ変わりと自称する少女がヴァラナシ近くの村にいると聞き、いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
美津子
上智大学卒の30代の美人。磯辺の妻の死ぬ間際をボランティアで介護していた。多くの恋愛や結婚、離婚などを経験しているけども、本当に他人を愛したことがなく、キリスト教の愛の教えにもなじめない。大学の同級生の大津がヴァラナシの修道院にいるという噂を聞いて、いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
沼田
動物を心を通わせる童話作家。結核で生死の境をさまよった経験があり、その入院中に死なせてしまった九官鳥が自分の身代わりになってくれたと考えるようになり、いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
木口
戦時中にインパール作戦に参加していた老人。地獄のような戦時中の体験を抱えつつ戦後を生き、後年東京で再会した戦友は、戦時中人肉を食べたことを告白して死んでいく。いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
大津
学生時代に美津子に遊ばれて捨てられた同級生。熱心なカトリックの家に生まれ育ち、内向的で真面目で不器用な性格で、神父を志してフランスに留学するも、善悪二元論、合理主義、多宗教への排他性などが腑に落ちない。流れ流れてヴァラナシの修道院に入り、行き倒れた人たちの遺体を運ぶ日々を送っている。

さらに、ツアー添乗員の江波、カメラマン志望で新婚の軽薄な三條とその妻、などなどが脇を固める。

それぞれ過去や思いがヴァラナシのガンジス川に集まって交錯して...、というお話。愛、命、信仰などが主題で、それぞれの登場人物に遠藤周作が投影されていていて、作者のとっても生真面目な人柄が伝わってくる上品な文章。30年前のインドが舞台で、古臭く感じるところ、何も変わってないところ、いろいろあって面白い。今回、他の旅行者と接する機会が全然なかったのだけど、空港などで他の日本人を見てると、30年前に比べてインド旅行がカジュアルになってる感じはした。でもやっぱりクセの強うそうな人もたくさんいて、話す機会があったら面白かっただろうなぁ。

小説中、
美津子はまた例の微笑をうかべた。しかしこの時は自分の本心をかくすための、いつもの微笑ではなかった。印度にきて次第に興味を起したのは仏教の生れた国、印度ではなく、清浄と不潔、神聖と卑猥、慈悲と残忍とが混在し共存しているヒンズーの世界だ。釈尊によって浄化された仏跡を見るよりも何もかもが混在している河のほとりに一日でも残っていたかった。
ってあるのだけど、これは本当に同感。ヒンドゥーの世界はほんと興味深いし、惹かれる。ツアーのガイドさんも言ってたけど、ヒンドゥー教徒から見れば仏教はヒンドゥーから枝分かれした一つの宗派、くらいの位置づけのようで、これは宗教学的には異論があるのかもしれないけど、直感的に、雰囲気的にとても納得できる気がした。し、その方が何だかしっくりくるし、嬉しい気がするのはどうしてだろう。

で、森本達雄の「ヒンドゥー教 ― インドの聖と俗」もとてもおもしろかった。そもそもヒンドゥー教って何なのか、というところからおもしろくて、
ヒンドゥー教には、まず第一に、キリストやブッダやマホメットに相当する特定の開祖は存在しない。それゆえ、成立の年代もいつごろか漠として特定できない。ヒンドゥー教は──インドのある高名な宗教学者の言葉をかりれば──「この宗教には初めも終わりもなく、われわれの地球が存在する以前から、未来永劫、生滅をくりかえすどの世界をもつらぬいて存在する」ものとして、時間を超越し、歴史を拒否するといった側面すら見られるのである。 つぎにヒンドゥー教には、キリスト教の『聖書』、イスラーム教の『コーラン』、あるいはヒンドゥー教の改革宗教として北インドのパンジャーブ地方に一大勢力をもつシク教の『グル・グラント・サーヒブ』のような、その宗教全体の核となる『聖典』がない。したがって、ヒンドゥー教全般に通用する明確な教義・教理も存在しない。 また、ヒンドゥー教のばあい、宗派と言っても、それらはそれぞれに同一の神を信奉する独立した信者たちのグループ分けにすぎず、キリスト教やわが国の仏教諸宗派に見られるような制度化された教団組織ではない。それゆえ各寺院は、同じ宗派に属するときでも、互いに独立・併存の関係にあり、いわゆる縦の上下関係も、横の連係ももたない。
開祖も教義も教団もはっきりしない上に歴史を拒否する、って、もはや「宗教」という言葉でくくってしまっていいのかどうかもよく分からないし、実際に「一宗教というより制度や風習等の総体を指す」という説明がされることが多くって、インドらしくめちゃくちゃ多様で、おもしろい。

そしてガイドさんも言ってたように、
ヒンドゥーは概して、信仰や教義の面で他宗教を排斥せず(現実の政治や社会問題がこれにからむと、問題は複雑になるが)、一般に独立宗教とみなされている仏教やジャイナ教、シク教など、インドに起源をもつ他宗教をすべてヒンドゥーの側から一方的にヒンドゥー教の分派とみなす傾向がある。
インド生まれの地球育ち、だいたいの奴はだいたい友達。だ。こういうの好きだ。そして、インドの宗教学者が著者に話してくれたというヒンドゥーの説明がすごかった。
 私はホーリー祭の解放感から、思いきって自分の疑問を宗教学者にぶつけてみた──「ヒンドゥー教というのは、ひとことで言うと、どんな宗教でしょうか?」と。
 敬虔なヴァイシュナヴァ(ヴィシュヌ宗)信徒である教授は、外国人の唐突な質問に一瞬驚いたようであったが、やがて私の質問の意味が了解できたらしく、「ヒンドゥー教というのは、譬えて言えば、このような宗教だと言えるかもしれません」と、語りはじめた。
 ある日、村の少年が学校帰りに道端で瀕死の小鳥を見つけた。少年は、二度、三度羽をひくひくふるわせ、やがて身動きしなくなった小鳥の死を見とどけると、なにを思ったか、傍らの木片で小鳥の周りにぐるりと輪を描いて走っていった。つぎにそこを通りかかったのは、畠仕事を終えて帰る農夫であった。彼はしばらく、輪のなかの小鳥の死骸を不思議そうに見ていたが、肩から鍬をおろすと、穴を掘って小鳥を埋葬し、その上に小石を積んで帰っていった。
 夕方いつものように、瓶を頭に乗せた女たちが、にぎやかに談笑しながら村の共同井戸へ水汲みにやってきた。女たちは小さな石塚の前まで来ると、急に黙って立ち止まった。女たちは互いにひそひそ話し合っていたが、それぞれ道路わきの藪から野花を摘んで塚に手むけ、サリーの縁で顔をおおうと、ひとしきりお祈りをして立ち去った。
 こうして、いつしか小鳥の塚は村人たちの新しい信仰の場となった。だれ言うとなく、そこにはヴィシュヌ神(シヴァ神と並ぶヒンドゥー教三大主神の一つ)の従者の霊鳥ガルダ(金翅鳥)の羽が落ちたところだということになった。信心深い村長が長老たちを集めて、新しい祠を建てる相談がまとまった。数か月後、どこからともなく、額にヴィシュヌ宗の印をつけたサードゥ(行者)がやってきて、祠の傍らに小屋を建てて住みつき、毎日朝夕の祭祀をおこなった。村人たちは貧しい暮らしのなかから、行者のもとに食べ物や衣類を届けた。
 翌年の春の田植の前に、村をあげて祠の前で豊作を祈願したところ、その年は旱魃にも洪水にも見舞われず、例年にない豊作であった。この噂が口づてにひろがると、近隣の村々から善男善女たちが徒歩や牛車で参詣に押しかけるようになった。こうして、名もなき寒村に立派な寺院が建ち、その地方の人びとのヴィシュヌ信仰の拠点のひとつとなったそうである。
 この譬え話がはたしてインドのどこかで現実にあった話かどうか、私は聞きもらしたが、それを問う必要はなかった。
こんなに美しく信仰が生まれる場面を説明する言葉、初めて見た。死んだ小鳥の周りに少年が描いた丸い線が、ちょっとずつ波紋を広げて、数千年にかけて広大な範囲に広がって、様々な言語や文化を持つ数えきれない人々の世界観に影響を与える大きな波になった、その波の端っこに自分がいる、って思うと、なんだかグッとくる。

あ、あと関係ないけど、インドの挨拶「ナマステ(नमस्ते, namaste)」は、ナマス (namas) + テ (te) で、ナマスは「敬礼・服従する」、テは「あなたに」の意味。ナマスは、漢訳仏典では「南無(ナム)」と音写されて、南無阿弥陀佛の「南無」とナマステの「ナマス」が同じ言葉なのだけど、インド・ヨーロッパ語族なので、もしかしてと思って辞書引いたら、このテ (te) とフランス語の「あなた Te」が同じルーツの言葉、つまり、ナマステーの「テー」とジュテーム(Je t'aime)の「テー」が、同じ「テー」だった。ナンマイダー(日本語)とジュテーム(フランス語)を足して(都合よく)半分に割るとナマステー(ヒンディー語)になるってすごい!と感動したけど、そうでもないか。いや、すごい。世界ってつながってる。

2016/08/03

インドに行ってきた

インドに行ってきた。

インドといえば仏教のルーツ。お釈迦さんを生んだ国としてのインドが最初の接点だと思う。子供の頃、お寺の本堂の壁にかけてあった涅槃図の気色悪さは今でもよく覚えてて、生まれて最初に触れた異国情緒はインドだったかもしれない。

次は高校の数学の先生の話に出てきたラマヌジャンかな。ゼロの発見とか、十進法とか、アラビア数字の起源とか、インドの数学はすごいっていう話が印象に残ってる。

で、次は、藤原新也の「メメント・モリ」鬼海弘雄の「INDIA」に感動してガンジス川に憧れる。

で、最近だと、GoogleのCEOのピチャイとか、MicrosoftのCEOのナデラとか、ペプシのCEO、ドイツ銀行の元Co-CEO、NokiaのCEO、シティグループのCEO、マスターカードのCEO、Standard & Poor's のCEO...、名だたる企業のCEOがインド出身者で話題になってる。ソフトバンクの孫正義の後継者として名前が挙がってたアローラもインド出身。

僧侶としても、理系出身としても、写真好きとしても、CEOとしても、インドが気になって仕方ない。というわけで、インドに家族旅行に行ってきた。3日間でデリー、ヴァラナシ、アグラを駆け足で。

本当はバックパッカーみたいな感じで安宿に泊まる旅がインドを満喫できるんだろうけど、子連れなので日本の旅行代理店経由で頼んだ現地ガイドさん付き、 ホテルはきれいなところで、移動もほとんど貸し切りの車、という大名旅行みたいな3日間のツアーだった。



うわさの野良牛。ほんとにいたるところにいて、他にも、山羊、豚、猿、犬、リス、人間、見事に混ざり合ってて、ごく自然に一緒に生きてる感じが素敵だった。こんな感じだと臭そうなものだけど、確かに臭いんだと思うけど、どこでもお香を焚いてて、香辛料、排気ガス、砂埃、汗、川、全部の匂いが強烈なので牛の匂いなんてまるで感じない。ピンクの首巻きをしたおじさんおしゃれだ。



道路も印象的だった。自動車、バイク、リキシャー(人力車)、オートリキシャー(PIAGGIOのApeみたいなやつ)、自転車、歩行者、牛、みんなグチャグチャで、舗装もグチャグチャで、みんな呼吸するようにずっとクラクションを鳴らしてて、車間距離ほぼゼロ、10センチ隙間開いたら割り込む、みたいな感じで、みんな運転が上手というのかなんというのか...。バイク、一応法律的には二人乗りまでしか許されてないらしいけど、3~4人乗りは普通で、6人乗りまで見た。ものすごくシートの長いバイクをインドで売ったら売れるんじゃないだろうか。

インド進出に最も成功している自動車メーカーはスズキだそうで、確かにスズキだらけだった。あとは、トヨタ、TATAっていうインド国産車、ヒュンダイ、時々欧米の車を見かける感じ。これについてのスズキの鈴木会長のコメントが、
よく『スズキさんは先見の明があって素晴らしいですね』などと言われる。冗談じゃない。先見の明なんてどこにあるかって。本当は、我々だって大手と同じように先進国に進出したかった。しかし、先進国の中で小さなクルマを造ってほしいと言ってくれる国はどこもなかった。別に先見の明があったわけではない。行くところがなくて、仕方がないからインドに行ったのだ。
インドもスズキもなんだかいいなぁ...。



あと、オレンジ色の服を着ている人がたくさんいるのだけど、これはガンジス川で汲んだ水を地元に持って帰ってシバ神に奉納するというヒンズー教のお祭りで、みんなポリタンクを天秤棒でかついで、遠い人だと数百キロを裸足で徒歩で往復するのだそう。お祭りの名前を聞いたけど忘れてしまった。これだけ大規模なお祭りなら後でググればわかるだろうと思ってたけど、わからない...。さすがインドだ奥深い。(後日、ガイドさんが「シヴァラートリー shivratri 」だとLINEで教えてくれました。



写真じゃ全然伝わらないけど、車とバイクはクラクション鳴らしっぱなし、店からは大音量のエキゾチックな音楽、オレンジの服の人たちは大声で掛け声、まさに喧騒。そして、ところどこに牛が静かに寝てて、しょうもない絵葉書やブレスレットを売りつけようとする老若男女が前後左右から珍妙な日本語で話しかけてきて、5人乗りのバイクに轢かれそうになりながら、ずっとついてくる。



そして憧れのガンジス。



雨季で水かさが増してて、ボートが使えないそうで岸に繋がれたまま。沐浴ってもっと静かなものかと思ってたけど、お祭り中だからなのか、小学校のプールみたいに水かけあったりしてて楽しそう。そりゃ数百キロ歩いてやっとたどりついたガンジス、盛り上がるだろうなぁ...。で、僕もせっかくなので、ガイドさんはやめて欲しそうだったけど、服を脱いで沐浴してきた。川の水でうがいする度胸はなかったけど。



まさに異文化って感じなのだけど、みんなスマホで写真撮り合ってたり、オレンジの服がアディダスだったり、やっぱり同世代だ。ポケモンGOのジムにはわりと強いモンスターが配置されてて、何がすごいんだか分かんないけど、なんだかすごい。



ガンジスのほとりで剃髪するのは何か宗教的な意味があるのかな。深い理由がありそうでなさそう、なさそうでありそうなのがインドだ。



で、アグラ城、タージ・マハルにも行ってきた。ムガル帝国の5代目の王様が300人いる妻の中で一番のお気に入りだった一人だけのために建てたお墓がタージ・マハルだそうで、白い大理石のお城はなんとも豪快だ。



で、結局、お腹をこわすこともなく無事に帰ってきたのだけど、インド、なんなんだろうなぁ。豊と貧、古と新、静と動、美と醜、虚と実、聖と俗、生と死、全部ぐっちゃぐちゃに混ざってて、というか、そもそもそんな分け方がどうでもよくなるというか、とても刺激的だった。

小2の娘には事前にタージ・マハルの写真だけ見せていたので、てっきりきれいなお城を見に行くものだと思っていたらしく、「臭い!暑い!眠い!思ってたのと違う!」と終始ご立腹だったけど、インドおすすめです。

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