commūnis

経済学の船出 ― 創発の海へ」おもしろかったです。詳しいことは本を読んでいただくとして「貨幣とは、人間が取り結ぶ縁の作り出す、一つの構造である。」目からウロコでした。

で、「うう、たしかに。。。」と唸ったのが「第6章 コムニス(commūnis)からの離脱」でした。

 「コミュニケーションという概念の問題点を、その語源である commūnis という言葉に遡って議論する」という章です。ラテン語の commūnis は、「共通の何か」や「何かの共通」ということを表す言葉で、ここから派生する言葉が、「コミュニケーション(communication)」「共同体(community)」「宗派(communion)」「共産主義(communism)」「共通の(common)」などなど。この commūnis 由来の言葉たちについて議論が展開されます。

 たとえば、「共同体(community)」については、経済学の文脈での、

  • 共同体(community)/市場(market) 

という二項対立について触れられていて、ここでは community が「エデンの園」の隠喩であり、 market が「地上」の隠喩、共同体から離脱して市場に参加することは失楽園の過程の隠喩、共同体の外に生きる近代人の自由と不安の原因がこの離脱に求められる、なんてことが書かれています。

「地域精神保健」に近い場所にいる僕としては、「community」って「地域」なんですね。今まで「地域」って「病院じゃない場所」くらいの意味にしか思っていませんでしたが、

  • 地域(community)/病院(hospital)

という二項を上の二項を重ねて見てみると、当事者運動とか反精神医学ムーブメントとかの「病院から地域へ」っていうのは、ただ退院するとか、地域滞在日数を増やすとか、それだけの話ではなくて、「共同体を取り戻す、楽園へ戻る」っていうニュアンスもあるんですね。「地域」ってなんのことかピンときてなかったですけど、上の言葉たちと兄弟にあたる言葉だと知ってやっと腑に落ちました。 で、話はそれましたが、この章の最後、
さて以上の議論によっては、問題は何も解決していない。わかったことはただ一つ、commūnis の呪縛に気をつけよ、ということだけである。我々が日常生活で出会う様々な危険が、この概念の周辺にある。「合意形成」「共通理解」「共感」「共同体」「結婚」「恋愛」「家族」「コミュニケーション」「約束」「きまり」「常識」「普通」などなど。こういったものには用心したほうがいい。これが糸口になって「罪悪感」が生じ、それが「蓋」を形成してしまいがちだからである。我々が注意すべきは、本来の自分自身が、自分の中の他人になってしまうという恐るべき事態、すなわち魂の植民地化である。
いやほんと、commūnis 周辺は大変なことになっています。で、あとがきには、この本はもともとNTT出版の「叢書コムニス」シリーズから出る予定だったが、内容的には「コムニスに気をつけろ、脱却せよ」という「反コムニス論」なので、シリーズから外して単独の本として出版された、なんてことが書かれています。この「叢書コムニス」の理念が、
コムニス(communis)とは、ラテン語で「共同の、共有の」「義務をともに果たす」「贈り物を交換する」という意味で、英語のコモンやコミュニティの語源だと考えられています。<情報><メディア><コミュニケーション>の礎を問い直す本シリーズを象徴するとともに、読者のみなさんと「共同」していくという願いをこめました。
そうなんですねぇ。これはこれで、「その通り!それは大事!」って思ってしまいます。「コムニス(コミュニケーション、共同体、共有、共感、公共)を取り戻す」ってほんと今の時代のキーワードで、「コミュニケーションを問い直す」「新時代の共同体」「新しい公共」とかとか、つい目をひかれてしまいます。でも、そもそも、取り戻したいとなんとなく思っている「コムニス」って、「共通するもの」なんですね。共通するものは確かに人と人を結ぶけど、そういう結ばれ方はすぐに「結ぼれ」になるもので、生き難さの大きな原因になってる感じもします。コムニスってそもそも何なのか、っていう部分、大事なことだと思います。そして、コミュニケーションやコミュニティ、コモンセンス、これらが同じルーツを持つ言葉であることの意味、ちゃんと考えたほうが良さそうだ、という話です。

ま、なんだかよく分からないですけど、今日のお別れの曲は、Common の"The Game"です。

コモン、デビュー時の名前はコモン・センス(Common Sense)で、変な名前だなぁ、なんて思ってましたけど(Hiphop の人の名前はみんなそうですけど)、 commūnis 由来だと思うと、趣がまた違ってきます。

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