LEDでエマニュエル・トッドとエーリッヒ・フロムを読む

物を消費すること、買うこと、移動させること、極力避けていきたいと思ってて、もし買う場合にも、できるだけ小さく、軽く、エネルギーを消費しないものを選んで、長く使うのがいい。卓上ライトが欲しいと思ってて、トロメオがいいなぁ、とも思っていたけど、こういう大きな物をヨーロッパからわざわざ運ぶのはよくない、という思いもあってずっと迷ってました。で、結局やめにして、



 

見つけたのが"Mighty Bright Black Travelflex LED Book Light" という読書ライト。LED1個のライトでクリップで本の表紙にはさめるライト。 十分明るいし(というか今まで携帯電話の液晶の明かりで本読んだりしてたので、それに比べると100倍マシ)、部屋を真っ暗にするとページだけが照らされてすごくいい。単4電池1本で光るのもいい。耐久性が気になるところではあるけど、どうかな。

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で、何を読んでいるかいうと、エマニュエル・トッドの「世界の多様性 家族構造と近代性」家族看護学会のネタにと思って読み始めた本。すごく面白い。

国や地域で支配的な家族構造が、そこの政治イデオロギーを決めてしまう、という話。家族構造というのは、親から子へ相続する・しない、複数世代の夫婦が同居する・しない、兄弟に平等に相続する・しない、内婚(従兄弟間の結婚)が多い・少ない、といった指標によって分類される構造のことで、これらによって、共産党への投票率が違ってきたり、自由主義が生まれたり、権威や自由や平等という概念の捉え方が違ってくる、と。

最近、右翼と左翼の「右」性と「左」性の背景にある世界観、認識のあり方は、人の心のとても深い所に由来してそうな感じがしてたところなので、ものすごく興味深く読めた。親子の関係のあり方が「自由」、兄弟の関係のあり方が「平等」の意味に違いをもたらす、なんてのは目からうろこ。

自分の主張に都合のいいデータだけ集めてない?っていう気もしなくはないけど、反論する気も失せる圧倒的な勢い、そして、そんな細かいことはどうでもいいと思わせる面白さ。ここのブログにある「ソ連の崩壊、米国の衰退、アラブの春を予言してた」なんていうのも面白いのでぜひ。

ここでもやっぱり、マルクスを読まないといけない、と随所で思わされた。





で、エーリッヒ・フロムの「愛するということ」
人間の最も強い欲求とは、孤立を克服し、孤独の牢獄から抜け出したいという欲求である。…どの時代のどの社会においても、人間は同じ一つの問題の解決に迫られている。…いかに孤立を克服するか、いかに合一を達成するか、いかに個人的な生活を超越して他者との一体化を得るか、という問題である。…人間はこの問題に答えるために、動物を崇拝し、人間を生贄に捧げ、軍隊による制服をおこない、あるときは贅沢にふけり、またあるときは禁欲的にすべてを断念し、また仕事に熱中し、芸術的創造に打ち込んだりする。
宗教も武力も消費も仕事も芸術も、孤独から逃れたい気持ちが背後にある、と。宗教で使われる麻薬や単調なリズムの音楽、トランス状態、性的オルガズムの追求、集団に同調して組織の歯車となること、創造的活動を通した対象との一体化、これらが同じ恐れに基づいている、というのは言われてみれば確かにそんな気もする。

で、これらで得られる一体感は偽りであり、鍵は、「人間同士の一体化、他者との融合、すなわち愛である」と。で、愛とは何か、ということだけど、愛に関する3つの誤りがある、と。

1つ目。愛の問題を、愛する能力の問題としてではなく、愛されるという問題として捉える誤り。「愛される」などというのは、人気があることと、セックスアピールがあるということを併せたようなものであって、愛する能力とは関係ない。愛とは能動的なものである、と。

2つ目。愛の問題は、対象の問題であって、能力の問題ではない、という誤り。愛することは簡単だが、愛するにふさわしい相手、あるいは愛されるにふさわしい相手を見つけることは難しい、という考え方は大間違い、と。絵を描く(愛する)ことが上手になりたい時、描く(愛する)に値するものが見つからない、などと言っていてはいつまでも上達しない。

3つ目。恋に「落ちる」体験と愛の中に「とどまっている」状態の混同。愛は技術であり、理論を知り、体験を通して学ぶ必要があるもの、と。

あと、 人はそれぞれ表面的には違うけど、本質は同じ。 一人の人を愛することは、その本質を愛することで、 それはつまり全ての人を愛すること、世界を愛することと通じる、みたいな考え方にも共感。

エーリッヒ・フロムは、他に「自由からの逃走」が読みたい。あと、スピノザが読みたくなってきた。

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