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シロシベ募金を始めて20日。たくさんツイートしていただいて、毎日楽しませていただいてます。



で、どうすれば続けられるかについて考えてました。いろいろ見てみようということで、まず「ユニリーバ東日本大震災募金」。シロシベ募金と同じ仕組みです。というかシロシベ募金はこれを真似ています。ありがとうございます。で、これは、ドネーター(Donator 寄付する人)である企業が、Twitterを通して広報してもらって、そのお礼をツイートした人に払う代わりにドネーティ(Donatee 寄付される人)である被災地に贈るという仕組みです。ツイートしてる人は、寄付金を負担することなく寄付に参加できます。良い仕組みです。

でも、これだとユニリーバがこの企画やめたら終わってしまいます。シロシベ募金も一緒です。で、「Trust in Japan」。これはドネーターが自分で決めた設定金額まで寄付して、その金額になったら次のドネーターにバトンタッチして寄付が続く仕組みです。すごくいい方法です。

で、お金ではありませんが、今回の震災の復興支援で印象的だったのが、amazonのウィッシュリストを使った物品の寄付です。「Amazon.co.jp: たすけあおうNippon 東日本大震災 ほしい物リスト」ドネーティが欲しい物をamazonの欲しい物リストに入れると、ドネーターがそのリストの品物をドネーティに代わって購入する仕組みです。ニーズと支援のミスマッチが減って、しかも分配の手間が省けて素晴らしい仕組みだと思います。

さて、この間シロシベ募金をやりながらいろいろ考えて分かったことがいくつかあります。

  • ドネーティは震災があってもなくてもたくさんいる。
  • ドネーターもたくさんいる。
  • ドネーティでもドネーターでもないけど、アドヴォケート(Advocate 賛同する人)はもっとたくさんいる。
  • 寄付という行為には心理的な抵抗があって、きっかけやメリット(それも綺麗事ではない)があるほうがやりやすい。
  • 他人の金儲けの宣伝をしようと思う人は少ないけど、寄付や慈善活動を宣伝しようと思う人はたくさんいる。
  • お金も物も、一箇所に集めて分配すると膨大な時間と手間がかかる上に不公平感が生まれる。
  • インターネットのおかげで、ドネーターとドネーティが直接つながることが超簡単になった。

というわけで、上記の寄付サイトのいいとこどりしたような、ドネーターとドネーティの出会いの場を提供するプラットフォームがあるといいと思うわけです。




↑こんなです。ドネーターは、どんなことに使ってほしいか、いくらまで出せるか、みたいな情報を公開します。ドネーティは、なぜ必要か、いくら必要か、といった情報を公開します。双方が出会ったら、そこからツイート募金が始まる、みたいな仕組みです。ドネーターとドネーティは、法人でも個人でも商品でも事業でもいいだろうし、ツイートの単価もいろいろあっていいと思います。Twitter だけじゃなくて、Facebook の「いいね!」とか「はてブ」とか「mixiチェック」とかでも参加できるといいですね。で、これはこれでよいのですが、ちょっとシロシベの技術とキャパシティでは無理なので、誰かやってくれないかなぁ、と思ったりしています。

なのですが、よくよく考えてみると、ドネーターが広告と社会貢献を兼ねて寄付する、ドネーティは寄付の必要性を誰にでも分かる形で説明する、アドヴォケートがツイートで投票するという仕組み、実はすごく大きな可能性を秘めているんじゃないかと思うんです。ドネーティ、今は被災地のことを想定していますが、本来的には公務員も学者も芸術家も宗教家も医療者もドネーティです。

ここから先はほとんど妄想ですが、まず、寄付と広告を兼ねることの可能性が大きいように思えます。インターネット広告って、訪問者の多いサイトの目立つ場所に広告主がお金を払ってバナーを置いてもらうとか、キーワードに合わせて広告を表示させ自社サイトに人を誘導する、というのが多いのかと思います。ちなみに、mixiのトップページバナーに広告をだそうとすると1週間で200万円かかります。しかも表示されるだけなので、クリックして自社サイトに来てもらうためには、1クリックあたり数十円~数百円になるそうです。Googleアドセンスだったら、例えば、ここに調べる方法がありますが、「医者と結婚」のキーワードで1クリック約2000円です。言い換えると「医者と結婚」に関心があってそこに表示されてる広告をクリックするようなカモは1クリック2000円出しても元が取れるほどボれる、ということを意味します。幾重にも世知辛いですが、まあそういうことになっています。要するに、企業には数円~2000円程度出してでもクリックしてほしいリンクがある、ということです。紙のチラシのコストを考えればあり得る数字だと思います。

で、シロシベの場合ですが、もともと知り合いだけの間で小さくやってる仕事なので広く広告したってほとんど意味がないのですが、5月7日にシロシベ募金を始めてから2週間でツイート数が1000(半分くらい僕のツイート)でページビューが約5000です。TLに社名が出た回数だったらこの数十倍あるかもしれません。ユニリーバについては、すでに20万ツイートされているので、ページビューがこれの10倍だとして200万ページビューです。たったの20万円で200万枚のチラシをばらまいた(クリック単価でいうと0.1円)とも言えて、とても効果的な宣伝で、しかもそのお金が被災地に届きます。

で、狙っている層にいかに的確に届けるかが広告の重要なテーマだと思うんですけど、このSNSと寄付の組み合わせだとわりと簡単に狙い撃ちできるんじゃないか、と思うんです。たとえば、とあるレストランが同じ町にあるNPO法人にツイート募金で寄付する、ということを想像します。1ツイートあたり10円、1万ツイートで10万円を寄付する、という企画です。NPO法人の関係者は、ツイートするだけで寄付が集まるわけなので、みんなこぞってツイートします。関係ない人も「この寄付いい!」と思った人はツイートします。これらのツイートを見ている人の多くは「今度このレストランに行こう」と思う可能性が高い人たちだと思います。レストランにとってもNPOにとっても社会貢献を市民にしれっとアピールする機会です。

他人の金儲けの宣伝をしようと思う人は少ないけど、他人が寄付してくれるんならツイートくらいする、という人はたくさんいます。寄付することが従来の広告よりも効果的な広告になっている、っていう仕組み、資本主義経済の中で企業が自社の営利をとことん追求すると一周回って公益的になってしまう、という構造になっている感じもしてとても面白いように思えるのですが、気のせいでしょうか。もちろん、今は未曾有の災害直後の空前の寄付ブームだから盛り上がるという側面もあるかと思います。いろんな寄付が出てきたらみんな飽きてツイートなんかしなくなるのかもしれません。そうなったら、いかにみんなにツイートしてもらえるかの競争が始まるんじゃないかと期待したりもします。広告代理店が入って寄付のクリエイティヴィティを競い合うなんて素敵だと思います。今回の原発事故後の報道を見て、広告費の流れがマスメディアをここまで腑抜けにしていたのかと衝撃を受けました。お金がみんなの目に見える場所で流れていることも重要だと思ったりもしますし、お金の流れは下世話な意味でも面白い情報なので盛り上がるんじゃないかと思います。

さらに妄想は続きます。

もう一つ大きな可能性を感じるのが、アドヴォケートのツイートが投票のように機能するんじゃないかと思うんですね。今は日本中が被災地の見方になっている感じもあって、被災地にお金を送ることに反対する人は少ないと思いますが、これから時間が経つと変化します。そして震災があってもなくてもドネーティはたくさんいます。ここで、「この寄付は賛同できる」「これはちょっと。。。」ということがツイートで表明できるので、寄付のケースごとに直接投票で決められる、みたいなことになりはしないか、と思うんです。

例えば、シロシベにとって身近なところで研究費助成について考えてみました。大雑把には、研究者が「この研究にはこんな意義があって、これだけのお金がいるから下さい」と省庁や民間財団などに申請して、審査員が(大抵の場合は糞忙しい先生たちがフラフラになりながら)これを審査して、意義があると認められたら各研究者にお金を下ろす、ということが行われています。ここでは、省庁や民間財団がドネーター、研究者がドネーティです。で、この審査のプロセス、ツイート助成でできる部分もあるんじゃないか、と思うんですね。ドネーターは審査の手間が省けるし、ドネーティはたくさんツイートしてもらうために非専門家にも分かる形で意義を説明する努力が必要になるし、アドヴォケートは研究に興味が出てくるし。今回の原発の事故にしたって、研究者と市民の対話の欠如が原因の一つにあるようにも思えるので、開かれた対話の場所としてもいいように思えるんですがどうなんでしょう。

で、妄想はどんどん広がりますが、インターネットの登場によって直接民主主義が可能になるのでは、なんて話があります。でも実際のところは難しく、問題もいっぱいあって、日本ではネットを使った投票どころか選挙活動すら禁止されている状況です。でも、この方法が上手く育てば、選挙制度とは関係なく、直接民主制のいろんな欠点を一気に飛び越えて、一部の富の再分配の仕方が個別に直接投票で決められる仕組みになり得るんじゃないか、とさえ思うんですね。

妄想はこのあたりで終わって、寄付についてはいろいろな思いがあるわけです。僕はお寺で生まれ育っているのですが、お寺に住む人は門徒さんからのお布施(寄付)で生計を立てます。滋賀の場合は門徒さんがお寺の近所に住まわれていることが多く、田舎なのでお店の店員さんも銀行の人もみんな知り合いの知り合い、くらいの範囲に入ってしまいます。つまり、僕がどこでどのように物を買っているか、衆人環視とは言わないまでも、まあ、すぐに伝わってしまうわけです。別に何を買っていても誰も文句を言ったりはしないわけですが、お布施由来のお金だということを知っているかもしれないコンビニの店員さんからしょうもない物なんて買えないんですね。で、こういうのは窮屈なので嫌だというのもあってシロシベを始めた部分もあるのですが、お客さんから直接お金を払ってもらうと寄付とほとんど変わらなくて、やっぱりしょうもない使い方はできなくて、より良い使い方をしないと、という気持ちになるものです。給料という形でお金をもうらうとあんまりそういう気持ちにならなかった気もします。
貨幣とはそもそも、他人との弱い関係を作り出す縁結び装置なのであり、そうやってできたつながりを大切に育てていけば、いざというときに頼れる本当の縁にすることも可能である。また貨幣は、非金銭的な縁が、腐れ縁となって呪縛に転じるのを防御するために有用な無縁化装置でもある。貨幣を、縁を育てるためのきっかけとして使い、その質を維持するものとして使うのが、正しいやり方だと言うことになろう。(安冨歩『経済学の船出-創発の海へ』)

まさにそういう使い方を形にした装置なんじゃないか、と思います。
僕たちの時代がしだいに貧しくなっているのは、システムの不調や資源の枯渇ゆえではなく、僕たちひとりひとりが「よきパッサー」である努力を怠ってきたからではないかと僕は考えています。僕たちは人間の社会はどこでも贈与と返礼のサイクルの上に構築されているという原理的なことを忘れかけていた。だから、それをもう一度思い出す必要がある。僕はそう思います。(内田樹『自立と予祝について』)

このツイート募金、「よきパッサー」になろうとするインセンティブになっていて、パスの美しさを競う構造にもなっていて、贈与と返礼のサイクルを加速して可視化するシステムであるようにも思えます。



どんどんまとまりがなくなっていきますが、要するに、ドネーターとドネーティを結んでアドヴォケートたちがわあわあ言えるプラットフォームって、震災の復興支援というだけでなく、これからの社会においてとても大きな可能性を持っていると思うんです。今回、シロシベ募金をやってみて思ったことですが、この三者の間では相互に感謝に基づく対話が生まれます。お金の流れ自体は納税とそんなには変わらないはずなのですが、納税したって誰にも感謝されやしないし、日々納税者に感謝してる公務員なんていやしないわけです。いたとしてもいちいち「ありがとう」なんて言ってたら声が枯れます。シロシベのお客さんは研究者が多いのですが、その研究費がどこから来てるかといえばほとんど税金です。なのに僕は今こうして節税しようとしています。これはやっぱり感謝される使い方の方が気持ちいいわけで、きっと大企業でも同じだと思います。

とまあ、選択的に良さそうな部分だけ書いてますけども、ちょっと想像するだけでもいろんな不正や落とし穴がありそうです。とはいえ、仕組み自体は既存の技術の組み合わせだけでできるし、既存の制度を変える必要もないし、誰も損しない仕組みに見えるんですけど、そうでもないのかな。もちろん、これが従来の富の再分配に取って代わるものとは思えませんが、新しい選択肢の一つとしてすごく可能性を感じるわけです。単純に楽しいし。ぜひ作れる人に作っていただきたいと思うのですが、どなたかいらっしゃいませんでしょうか。始めるなら今がちょうどその時に思えます。Advertise + Donate = Adonate とかいいんじゃないでしょうか。

まあ、何はともあれ、
http://psilocybe.co.jp/special/akai-hane/
↑シロシベ募金でツイートしてみるといいと思います。

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