深い河とヒンドゥー



ほとんど毎日琵琶湖で沐浴してふやけっぱなしだ。

さて、インドで見かけたオレンジ色の服を来てガンジス川に「お水取り」に行く人たちのお祭りの名前を後日ガイドさんがLINEで教えてくれた。「そのまつりのなまえは shivratri というまつりです。」とのこと。シヴァラートリーでした。とても大規模に見えたので、てっきり年に一度あるいは数年に一度のお祭りだろうと思い込んでいて、Wikipediaを見ても、どうも違うなぁ...、と思ってたのだけど、月に一度のシヴァラートリーだったそうだ。あれが毎月行われているなんて...。ヒンドゥー、すごい。

で、インドの旅のお供にと思って遠藤周作の「深い河」と森本達雄の「ヒンドゥー教 ― インドの聖と俗」をKindleに入れていったのだけど、結局全然読まずに帰ってきてしまったので帰国後に読んだ。


「深い河」は、1993年に発表された小説で、インディラ・ガンディーが暗殺された1984年10月~11月にかけて実施された日本からのインドツアーが舞台。小説中のツアーの内容が、デリー、ヴァラナシ、アグラで、今回の旅行で辿ったコースと全く同じ、とっても面白く読めた。 

5人の主人公のあらましがWikipediaに書かれてるのだけど、それをさらに大雑把にまとめると、 

磯辺
妻を癌で亡くし空虚感の中で暮らす初老の男性。妻が臨終の間際うわ言で言い残した「自分は必ず輪廻転生し、この世界のどこかに生まれ変わる、必ず自分を見つけてほしい」という言葉が、下らないと思いつつも気になって仕方ない。そんな折、日本人の生まれ変わりと自称する少女がヴァラナシ近くの村にいると聞き、いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
美津子
上智大学卒の30代の美人。磯辺の妻の死ぬ間際をボランティアで介護していた。多くの恋愛や結婚、離婚などを経験しているけども、本当に他人を愛したことがなく、キリスト教の愛の教えにもなじめない。大学の同級生の大津がヴァラナシの修道院にいるという噂を聞いて、いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
沼田
動物を心を通わせる童話作家。結核で生死の境をさまよった経験があり、その入院中に死なせてしまった九官鳥が自分の身代わりになってくれたと考えるようになり、いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
木口
戦時中にインパール作戦に参加していた老人。地獄のような戦時中の体験を抱えつつ戦後を生き、後年東京で再会した戦友は、戦時中人肉を食べたことを告白して死んでいく。いろいろと思うところがあってインドツアーに参加する。
大津
学生時代に美津子に遊ばれて捨てられた同級生。熱心なカトリックの家に生まれ育ち、内向的で真面目で不器用な性格で、神父を志してフランスに留学するも、善悪二元論、合理主義、多宗教への排他性などが腑に落ちない。流れ流れてヴァラナシの修道院に入り、行き倒れた人たちの遺体を運ぶ日々を送っている。

さらに、ツアー添乗員の江波、カメラマン志望で新婚の軽薄な三條とその妻、などなどが脇を固める。

それぞれ過去や思いがヴァラナシのガンジス川に集まって交錯して...、というお話。愛、命、信仰などが主題で、それぞれの登場人物に遠藤周作が投影されていていて、作者のとっても生真面目な人柄が伝わってくる上品な文章。30年前のインドが舞台で、古臭く感じるところ、何も変わってないところ、いろいろあって面白い。今回、他の旅行者と接する機会が全然なかったのだけど、空港などで他の日本人を見てると、30年前に比べてインド旅行がカジュアルになってる感じはした。でもやっぱりクセの強うそうな人もたくさんいて、話す機会があったら面白かっただろうなぁ。

小説中、
美津子はまた例の微笑をうかべた。しかしこの時は自分の本心をかくすための、いつもの微笑ではなかった。印度にきて次第に興味を起したのは仏教の生れた国、印度ではなく、清浄と不潔、神聖と卑猥、慈悲と残忍とが混在し共存しているヒンズーの世界だ。釈尊によって浄化された仏跡を見るよりも何もかもが混在している河のほとりに一日でも残っていたかった。
ってあるのだけど、これは本当に同感。ヒンドゥーの世界はほんと興味深いし、惹かれる。ツアーのガイドさんも言ってたけど、ヒンドゥー教徒から見れば仏教はヒンドゥーから枝分かれした一つの宗派、くらいの位置づけのようで、これは宗教学的には異論があるのかもしれないけど、直感的に、雰囲気的にとても納得できる気がした。し、その方が何だかしっくりくるし、嬉しい気がするのはどうしてだろう。

で、森本達雄の「ヒンドゥー教 ― インドの聖と俗」もとてもおもしろかった。そもそもヒンドゥー教って何なのか、というところからおもしろくて、
ヒンドゥー教には、まず第一に、キリストやブッダやマホメットに相当する特定の開祖は存在しない。それゆえ、成立の年代もいつごろか漠として特定できない。ヒンドゥー教は──インドのある高名な宗教学者の言葉をかりれば──「この宗教には初めも終わりもなく、われわれの地球が存在する以前から、未来永劫、生滅をくりかえすどの世界をもつらぬいて存在する」ものとして、時間を超越し、歴史を拒否するといった側面すら見られるのである。 つぎにヒンドゥー教には、キリスト教の『聖書』、イスラーム教の『コーラン』、あるいはヒンドゥー教の改革宗教として北インドのパンジャーブ地方に一大勢力をもつシク教の『グル・グラント・サーヒブ』のような、その宗教全体の核となる『聖典』がない。したがって、ヒンドゥー教全般に通用する明確な教義・教理も存在しない。 また、ヒンドゥー教のばあい、宗派と言っても、それらはそれぞれに同一の神を信奉する独立した信者たちのグループ分けにすぎず、キリスト教やわが国の仏教諸宗派に見られるような制度化された教団組織ではない。それゆえ各寺院は、同じ宗派に属するときでも、互いに独立・併存の関係にあり、いわゆる縦の上下関係も、横の連係ももたない。
開祖も教義も教団もはっきりしない上に歴史を拒否する、って、もはや「宗教」という言葉でくくってしまっていいのかどうかもよく分からないし、実際に「一宗教というより制度や風習等の総体を指す」という説明がされることが多くって、インドらしくめちゃくちゃ多様で、おもしろい。

そしてガイドさんも言ってたように、
ヒンドゥーは概して、信仰や教義の面で他宗教を排斥せず(現実の政治や社会問題がこれにからむと、問題は複雑になるが)、一般に独立宗教とみなされている仏教やジャイナ教、シク教など、インドに起源をもつ他宗教をすべてヒンドゥーの側から一方的にヒンドゥー教の分派とみなす傾向がある。
インド生まれの地球育ち、だいたいの奴はだいたい友達。だ。こういうの好きだ。そして、インドの宗教学者が著者に話してくれたというヒンドゥーの説明がすごかった。
 私はホーリー祭の解放感から、思いきって自分の疑問を宗教学者にぶつけてみた──「ヒンドゥー教というのは、ひとことで言うと、どんな宗教でしょうか?」と。
 敬虔なヴァイシュナヴァ(ヴィシュヌ宗)信徒である教授は、外国人の唐突な質問に一瞬驚いたようであったが、やがて私の質問の意味が了解できたらしく、「ヒンドゥー教というのは、譬えて言えば、このような宗教だと言えるかもしれません」と、語りはじめた。
 ある日、村の少年が学校帰りに道端で瀕死の小鳥を見つけた。少年は、二度、三度羽をひくひくふるわせ、やがて身動きしなくなった小鳥の死を見とどけると、なにを思ったか、傍らの木片で小鳥の周りにぐるりと輪を描いて走っていった。つぎにそこを通りかかったのは、畠仕事を終えて帰る農夫であった。彼はしばらく、輪のなかの小鳥の死骸を不思議そうに見ていたが、肩から鍬をおろすと、穴を掘って小鳥を埋葬し、その上に小石を積んで帰っていった。
 夕方いつものように、瓶を頭に乗せた女たちが、にぎやかに談笑しながら村の共同井戸へ水汲みにやってきた。女たちは小さな石塚の前まで来ると、急に黙って立ち止まった。女たちは互いにひそひそ話し合っていたが、それぞれ道路わきの藪から野花を摘んで塚に手むけ、サリーの縁で顔をおおうと、ひとしきりお祈りをして立ち去った。
 こうして、いつしか小鳥の塚は村人たちの新しい信仰の場となった。だれ言うとなく、そこにはヴィシュヌ神(シヴァ神と並ぶヒンドゥー教三大主神の一つ)の従者の霊鳥ガルダ(金翅鳥)の羽が落ちたところだということになった。信心深い村長が長老たちを集めて、新しい祠を建てる相談がまとまった。数か月後、どこからともなく、額にヴィシュヌ宗の印をつけたサードゥ(行者)がやってきて、祠の傍らに小屋を建てて住みつき、毎日朝夕の祭祀をおこなった。村人たちは貧しい暮らしのなかから、行者のもとに食べ物や衣類を届けた。
 翌年の春の田植の前に、村をあげて祠の前で豊作を祈願したところ、その年は旱魃にも洪水にも見舞われず、例年にない豊作であった。この噂が口づてにひろがると、近隣の村々から善男善女たちが徒歩や牛車で参詣に押しかけるようになった。こうして、名もなき寒村に立派な寺院が建ち、その地方の人びとのヴィシュヌ信仰の拠点のひとつとなったそうである。
 この譬え話がはたしてインドのどこかで現実にあった話かどうか、私は聞きもらしたが、それを問う必要はなかった。
こんなに美しく信仰が生まれる場面を説明する言葉、初めて見た。死んだ小鳥の周りに少年が描いた丸い線が、ちょっとずつ波紋を広げて、数千年にかけて広大な範囲に広がって、様々な言語や文化を持つ数えきれない人々の世界観に影響を与える大きな波になった、その波の端っこに自分がいる、って思うと、なんだかグッとくる。

あ、あと関係ないけど、インドの挨拶「ナマステ(नमस्ते, namaste)」は、ナマス (namas) + テ (te) で、ナマスは「敬礼・服従する」、テは「あなたに」の意味。ナマスは、漢訳仏典では「南無(ナム)」と音写されて、南無阿弥陀佛の「南無」とナマステの「ナマス」が同じ言葉なのだけど、インド・ヨーロッパ語族なので、もしかしてと思って辞書引いたら、このテ (te) とフランス語の「あなた Te」が同じルーツの言葉、つまり、ナマステーの「テー」とジュテーム(Je t'aime)の「テー」が、同じ「テー」だった。ナンマイダー(日本語)とジュテーム(フランス語)を足して(都合よく)半分に割るとナマステー(ヒンディー語)になるってすごい!と感動したけど、そうでもないか。いや、すごい。世界ってつながってる。

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