向地蔵と佐野草

年の瀬は一年の中で一番好きな時期、「良いお年を」は一番好きな挨拶です。物心ついた時からそうだったように思います。

なんていうか、終わる感じ、水に流す感じ、いろんな煩わしいことが一旦閉じる感じ、そういうのが好きでした。逆に新年が一番嫌いで、お正月の漫才番組を見ながら「ああ、また一年が始まる...。早く終わんないかなぁ。」という気分になっていることが多かったように思います。

今年はちょっと違う感じです。理由はよくわかりません。次の年はもっと行ける、次の年こそが勝負、次こそが本番、大げさですが、珍しくそんな気持ちになっていたりします。

でまあ、全然関係ないですが、向地蔵と佐野草の話です。



このあたりは地蔵がたくさんあります。注意して見るわけでもなくその多さに気づくほどです。先日、この地蔵についてお年寄りたちが話していました。

「あそこ道が通るとええねんけどな、お地蔵さんがあるやろ。どかすいうわけにはいかへんさいかいになぁ。」
「ほやなぁ。ほんで、あれはどこの地蔵さんと向き合うてはんの?」
「あれは、あそこや。○○の○○ちゃんとこの。」
「ちゃうちゃう、あの○○ちゃんとこのは、××さんとこの前の...」
とまあ、あっけにとられて聞いていたわけですが、要するに、このあたりのお地蔵さんは全てペアになっていて、向きあっている相手がいるんだそうです。向地蔵(むきじぞう)って言うそうですが、ググってもわかりません。話を聞いている感じだと、ペアの間の距離は、数百メートルから数キロメートルあって、目で見て分かる距離ではありません。話しっぷりから察するに、お年寄りたちの頭の中には地蔵マップができていて、たぶん、数十ペア以上のお地蔵さんの対応関係が入っているようです。

その事実関係や歴史的背景、さっぱり分かりませんが、このような情報が口承で伝わっていて、今も共有されているという事実に驚きました。僕は高校生のときまでここに住んでいたわけですが、初めて聞いた話です。

佐野草

でまた、今日1つ驚きました。佐野草(さのぐさ)だそうです。これもお年寄りの間でそう呼ばれている草で、佐野にしか生えない草、だそうです。佐野というのは、周囲をグルッと回っても数キロメートルしかない小さな地域です。隣接する町とは陸続きで、川や山で隔てられているわけではありません。普通に考えると、佐野にしか生えないなんてことはあり得ない気もしますが、草木についてもこの土地に関しても、僕よりもずっと詳しいお年寄りがそう言うんだから、そうですか、としか言えません。直径が2-3ミリのかわいい花をこの季節に咲かす小さな草です。

このような、印刷物やその他のメディアをおそらく一度も通ったことがない情報が今も共有され、伝承されてることに驚きます。

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