孫崎享の「戦後史の正体」を読んだ

孫崎享の「戦後史の正体」を読んだ。

原発事故の直後(というか、今も昔もなんだけど)、マスメディアの嘘や隠蔽が露骨で、どうしようもない気持ちになり、そんな時に孫崎氏のTwitter (@magosaki_ukeru)を見つけ、それ以来ずっとフォローしてます。その孫崎氏が最近いくつか出された本の中でも気になっていた「戦後史の正体」を読んだ。

全体的な印象としては、「え!それは知らなかった!衝撃!」というよりも、「ああ...。なるほど、そういうわけで、こうなってるのか...。」という感じで、不条理に感じていたことが、実は不条理でもなく、合理的で当たり前のこととして、整理されていく感じ。「高校生にも分かるような文体」で書かれているおかげでものすごく分かりやすい。

たとえば、検察特捜部が特定の政治家を起訴して、メディアが乗っかって叩いて、そして失脚させる、という一連の流れ。最近、小沢一郎周辺の話でモヤモヤしてたけど、これなんかも、
米国とのあいだに問題をかかえていた日本の政治家(首相クラス)が、汚職関連の事件を摘発され、失脚したケースは次の通りです。
  • 芦田均(在日米軍について「有事駐留」を主張(←常時駐留を拒否))の昭和電工事件
  • 田中角栄(米国に先駆けて中国との国交回復)のロッキード事件
  • 竹下登(自衛隊の軍事協力について米側と路線対立)のリクルート事件
  • 橋本龍太郎(金融政策などで独自路線、中国に接近)の日歯連事件
  • 小沢一郎(在日米軍は第七艦隊だけでよいと発言、中国に接近)の陸山会事件
戦後直後から延々と繰り返されてるんですね...。で、全然知らなかったことだけど、
歴史的に特捜部は米国と深い関係を持っています。まず1947年、東京地検特捜部が占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。敗戦直後は、それまで旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材が、さまざまな形で横流しされ、行方不明になっていました。1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託の地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。そうした不正に隠された物資を探しだして、GHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が、東京地検特捜部の前身です。「GHQの管理下に置くことを目的にする」という点に注意してください。つまり、GHQのために「お宝」を見つけだす特別の捜査機関。それが東京地検特捜部の前身だったのです。
どおりで....。

これはほんの一例で、こんな感じで戦後70年が米国からの圧力とそれに対する「自主」路線と「追随」路線のせめぎ合いを軸に描かれていく。

僕自身は、去年まで、今の総理大臣が誰なのかも知らない、くらいの勢いで政治に興味を持ってなかったけど、この本を読んで反省するとともに、マスメディア経由の政治になんか興味持てなくて当然だよなぁ...、と思ってちょっと納得もした。

で、もう一つ驚いたのが、表紙に使われている2つの写真。1945年9月2日、東京湾に停泊する米国戦艦ミズーリ号での降伏文書への調印式の写真。





この調印式は、「日本の首都から見えるところで、日本人に敗北を印象づけるために、(略)米戦艦のなかでもっとも強力な軍艦の上で」行われたそうで。それ以後の日本のあり方にものすごく重要な影響を与える出来事の写真なのに、僕は今まで見たことがなかった。ウェブ上に公開もされてる公的な写真なのに、なんで知らなかったんだろう...。上の写真なんて20世紀の日本を代表する1枚だと思うけど...。これって、単に僕が興味を持っていなかったということではなくて、日本中が目を背けたい写真なのであまり人目に触れる場所に登場してこなかったんじゃないかな。この降伏文書に調印した9月2日を終戦の日をせず、玉音放送のあった8月15日を終戦記念日としていることも、降伏の事実から目を背けたい気持ちの表れなんだろうか。

で、E・H・カーの『歴史とは何か』(原題:What is History?)から引用されていて、
「歴史は、現在と過去の対話である」とのべています。翻訳者の清水幾太郎はこの言葉を「歴史は過去のゆえに問題なのではなく、私たちが生きる現在にとっての意味ゆえに問題になる」と解説しています。
そうですね。それで、僕はここにどのような意味を見出して、何を学ぶか、なんですけど、なんだろうか...。

うまく説明できないけど、圧倒的な強者、支配者を目の前にした時、それに媚びるか、楯突くか、の二者択一に陥ることが不幸なんだと思う。どちらも支配―被支配関係のバリエーションに過ぎなくて、その強さの尺度自体が強者の価値体系に準拠しているわけで。そしてこの関係は、被支配者にとって不幸というだけでなくて、支配者にとっても、隣人にとっても大きな不幸だと思う。

過去の傷から目を背けるとか、なかったことにするとか、そういうことではなく、ちゃんと正面から向きあい、学ぶことがまず重要だと感じた。そして、強者が弱者を支配する関係から脱すること、しかしこれは、新たな支配関係に移行するのではなくて、相互に多様な価値を認め合い、そして相互に新しい価値に開かれていくような関係にしていくことが大切だろう、と感じた。国家間でも個人間でも。

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